衆議院議員 岸本周平 Shuhei Kisimoto Official Website

民主党改革

穏健中道の国民政党を目指して!

(民主党「党改革創生会議」の報告書を説明する同会議の日本再建イニシアティヴ船橋洋一議長、法政大学山口二郎副議長の記者会見。)

 民主党の「党改革創生会議」の報告書がまとまりました。

 議長は日本再建イニシアティヴの船橋洋一先生、副議長は法政大学の山口二郎先生です。メンバーは、民主党の地方議員や秘書代表、党の職員など多彩な構成になっています。

 6月4日からスタートして、丸々2か月、私も実務作業チームのメンバーとして議論に参加しました。

 報告書は、4本の柱で構成されています。

 第1部は、「理念」です。

 国民とともに、地方からボトムアップで党を再生すべきであり、そのためにも、「穏健中道の国民政党」という民主党の理念とアイデンティティーを再構築することが要請されます。

 「穏健中道の政治」とは、「国民多数の常識」を基に、普通の人々の生活を支え、自由と多様性の中に共生を図る、そのような政治参画への積極的なコミットメントであると報告書は言います。

 それは、憲法の枠内での自衛力と日米同盟に裏付けられた対話と抑止により平和を構築し、安全保障を維持する基本姿勢につながります。
 
 また、経済を世界に開放し、市場経済を活用し、成長と雇用の増大を図りつつ、同時に格差を縮小し、恵まれない人々に手を差し伸べます。

 そして、たくましく、多様で、連帯する市民社会の力を引出し、その多様な関心をすくい上げるとともに、日本の文化、芸術、ライフスタイルに込められる価値を世界と共有し、包容力のある寛容な社会を築きます。

 このビジョンは、とてもたいせつなものだと私は思います。


 第2部は、「党運営」です。まず、軸足を地方に置くことが要請されます。

 そして、代表選挙にも地方のウエイトが高まるような改正を行い、任期途中の代表選挙でも党員・サポーターの選挙を実施すべきです。

 党員・サポーターのあり方の見直しや、代表のリーダーシップを支える体制の強化や、ネットワーク型のシンクタンクの再構築も行うべきです。


 第3部は「男女共同参画政党」への脱皮を本気で行うことです。

 女性候補の政党クオーター制の導入も含めた「女性候補者擁立方針」を策定し、まずは、来年の統一地方選挙で、県庁所在市の道府県議会議員選挙では女性候補を必ず立てることなどが求められます。


 第4部は、「統一地方選挙へのアクションプラン」が柱です。増税ウオッチ・チーム、女性・若者・非正規労働者支援チーム、女性候補者擁立チーム、原発・エネルギーなどの4分野を重点化してキャンペーンを展開します。

 以上の提言は、本当に重要なご指摘ですが、ここまで来れば、後は、実行するのみです。

 立憲主義と成熟した戦後の民主主義を守るために、理念もなく便宜的に野党再編に走るのではなく、「穏健な中道」を旗印に国民政党に生まれ変わる努力をしていきます。

イギリス労働党改革に学ぶ 6 社会民主主義を越えて

(吉瀬征輔著「英国労働党」、窓社、1997年)

 ブレアのニューレイバーに関して、このブログで紹介してきましたが、一朝一夕で大きな政党の路線変更ができたわけではありません。

 吉瀬征輔著「英国労働党」は、1964年からのイギリス労働党の紆余曲折を経た歴史的な変遷を解説しており、ニューレイバー理解のための参考になりました。

 1950年代から60年代の労働党は、「ケインズ主義的社会民主主義」と呼ばれる改革路線を取っていました。

 1964年の総選挙で、13年ぶりにウイルソンの労働党政権が誕生しますが、労働組合の左傾化により、所得政策と組合活動の規制に失敗します。

 そして、1970年の総選挙で政権を失い、その原因は、有効な経済戦略の欠如であると評価されました。

 その後、政・労・使の三者協調体制(コーポラテイズム)の主張を背景に、1974年の総選挙で労働党政権は復帰します。

 その一方で、労働党内では、左派が力を増していき、路線対立が公然化します。

 そして、1976年のポンド危機により、IMFの管理下に入り公共支出の激しい削減を受け入れた労働党キャラハン首相は「ケインズ主義の失敗」を認め、これ以降、「マネタリズム」的政策に転換します。

 つまり、景気対策では財政政策は使わず、金融政策で対応することになります。このように欧米先進国では、既に1970年代から、財政政策は景気浮揚には使ってきませんでした。

 余談ながら、日本は、第一次、第二次のオイルショックを乗り切り、インフレと失業率の増加が重なるスタグフレーションを経験しなかったため、かえって財政政策に依存する悪しき伝統をつくり、現在の1000兆円を超える借金の山を作りました。歴史の皮肉ですね。

 結局、キャラハン政権は、インフレ抑制のための所得政策を労働組合に反対され、1979年総選挙で倒れます。ケインズ主義的社会民主主義が退けられ、党内は、左派の社会主義路線に傾斜し、分裂と抗争の内乱状態に入ります。一部の社会民主主義派は社会民主党をつくって脱党しました。

 結局、社会主義派の左派的な政策綱領で戦った1983年の総選挙でも惨敗。1984年の炭坑争議でサッチャー政権に敗北した後、キノック党首が市場システムのメリットを公然と打ち出す1986年党大会以降、政策の流れが変わります。

 すでに、この段階で、「社会的公正と経済効率性の両立」という後の「第三の道」に通じるコンセプトが生まれています。そして、親ヨーロッパ政策と核政策の現実的修正により政権担当能力を示します。

 そして、さしものサッチャー政権も人頭税問題による1990年の地方選挙の惨敗の責任を取って辞任、メージャーが後継者となります。しかし、そのまま、最高の条件で戦ったはずの1992年の総選挙でも労働党は4回連続の敗北を喫します。

 ここで、ようやく労働党は「中産階級」を味方につける決断をし、「労働階級の党」から「市民の党」への脱却を図ります。

 ここからは、ブレア回顧録の紹介で書きましたが、生産手段の国有化をうたった「党規約第4条」の改訂と労働組合の党内での決定権を弱めるガバナンス改革が行われて行くのです。

 二大政党の歴史の長いイギリスで、しかも労働組合がつくった階級政党の労働党の歴史は特殊なものですから、そのまま日本政治に適用することはできません。

 しかし、ブレアのニューレイバーが生まれてくるにも、大きな歴史的必然があったように思えます。

 今の日本の民主党は自信を失い、呆然と立ちすくんでいます。

 しかし、教育や子育てを重視するチルドレンファースト、すべての市民に居場所と出番をもたらす新しい公共など消費者、納税者の立場に立った政策の流れは間違っていないと思います。

 さらに、「経済的な安全保障と分配」だけではない「競争と富の創出」や、「がんばった人が報われる社会」への明確な政策転換、また、女性の社会的地位を高めるため、「国会議員選挙における女性のクオーター制導入」など、多様な価値観を認める穏健なリベラル保守の理念の下に打ち出して行くことで、新たな活力を獲得することを目指すべきだと確信しています。 

イギリス労働党改革に学ぶ 2 党内ガバナンスの改革



 そもそも、イギリスの労働党の歴史や背景を無視して、単純に日本の政治シーンに当てはめるのは乱暴です。

 それでも、何がしかのヒントになるのではないかと論考を進めます。

 労働党の野党時代、ブレアは、労働組合中心のガバナンスから抜け出すことと、党規約第4条「生産、分配、交換手段の公的所有」を書き換えることに成功します。

 労働党は元々、労働組合がつくった政党ですから、資金基盤も組合に依存する一方、党大会での決議の際のウエイトが国会議員や党員よりも組合に有利にできていました。

 これを変えることは、党のガバナンスのあり方を変えることです。

 日本に置き換えると、民主党は、労働組合も支援団体の一つですから、党の運営上特別な扱いはありません。しかし、与党時代の意思決定の失敗の反省に立って、党のガバナンス、政策決定の仕組みを作り変えなければならないと思います。

 討議して決めたことには全員で従うという当たり前のガバナンスができなかったのは、問題外です。

 政権を取った時の政府と与党の意思決定システムまで含めて再構築すべきです。

 与党時代は、試行錯誤した結果、自民党的な政策調査会の事前審査方式を取り、常任幹事会が最終決定機関となりました。形式的には常任幹事会が自民党の総務会に当たります。

 党による事前審査システムは、ある意味、長年の自民党の知恵だと思います。

 民主党の失敗は、各議員の成熟度が低く、このような党内決定システムで決まったことに従うことができなかったことにつきます。

 しかし、私は、当初目指したように、「内閣に政策決定の権限を一元化」するようなモデルを追求すべきだと思います。

 二つ目の改革、党規約第4条の破棄は、ある意味「革命」です。ブレアが労働党のトップになる1990年代、企業の国有化を押し進めることが正しい政策だと考える人は少数派であったとしても、1917年以来の労働党の伝統、シンボルを破棄することは困難なことでした。

 それをやり抜くブレアの信念は、次のようなものでした。

 「労働党の問題点は基本的な目的を失っていたこと。」その目的とは、ブレアによれば「個人の尊重」であり、「個人が機会を獲得し、貧困や質の悪い教育、不健康、貧弱な住宅や福祉によって不当に負わされた制約を打破できるよう助けること」であった。

 その目的こそが重要であり、第4条のような「超現実的な左派思想」を「選挙民が共有」することはないという冷静な判断がありました。

 そして、「イギリスにはサッチャー時代の産業・経済改革が必要だった。」と断言し、イデオロギーに捕われない「ニューレイバー」の旗を掲げて政権奪取に向かいます。

 今の民主党には、逆に、党の立ち位置があまりにも明確でないという欠点があります。1998年綱領の「民主中道」を削除した2013年綱領の理念は「共生社会」です。

 共に生きる社会、、素晴らしい、、、、。誰も反対しませんが、しかし、それでは迫力不足で、「選挙民が共有」することはないでしょう。

 ブレアのように、確かに右派や左派の色分けから脱却すべきですが、それでも、労働党の綱領には「社会民主主義政党」であることは明確に書き込み、立ち位置は示しています。(ブレアの綱領では「民主的な社会主義」と定義。)

 今こそ、民主党の立ち位置を明確にすべきであると確信します。野党の間に、じっくりと議論しましょう。

 私の立場は、何度も言いますが、価値観の多様性を認める穏健な保守(リベラル保守)主義です。
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