(町田徹著「電力と震災 東北『復興』」電力物語」、日経BP社、2014年)

 ジャーナリストの町田徹氏は、日経新聞記者出身で、「日本郵政 解き放たれた『巨人』」(日本経済新聞社)、「巨大独占 NTTの宿罪」(新潮社)、「JAL再建の真実」(講談社現代新書)、「東電国有化の罠」(ちくま新書)など、硬派の著述で有名です。

 これらの著書の主人公はすべて巨大企業であり、新聞、テレビなどの商業ジャーナリズムの大スポンサーであるため、正面から批判することが難しいテーマばかりです。

 日経新聞の記者時代から、巨大な権力にも真っ向から挑戦してきた町田氏ならではの力作なので、興味のある方はお読みください。

 その彼が、東日本大震災において、東京電力に比べて、地味な役回りだった東北電力の歴史や社風に光を当てた、おもしろい「読み物」を書いてくれました。

 それが、「電力と震災 東北『復興』電力物語」です。

 マグニチュード9.0の震源地により近かった東北電力女川原子力発電所は、ほぼ無傷の上、周辺住民の避難先にまでなったのはなぜか?実際に、津波で被害を受けた火力発電所の復旧の早さや停電からの立ち直りの早さの理由は何か?東京電力と異なり、「計画停電」をしなくてすんだのはなぜか?

 入念な取材をもとに、その背景を私たちに見せてくれます。

 一人ひとりの職員の力、現場の力のすごさが、これでもかと語られます。それは、しかし、東京電力でも東京消防庁や自衛隊でも、同じだったはずです。

 一つには、東北電力の指導者層のリーダーシップがすぐれていたことです。

 さらに、この会社の防災への意識のすごさが歴史的に証明されました。

 東京電力福島第一原発の津波の想定は5.7mでした。その後、2008年に明治三陸地震(1896年)規模の地震を前提に津波の高さを試算しており、その高さは海面から15.7メートルとしましたが、東電はまったく対応しませんでした。

 東北電力女川原発をつくる際には、平井弥之助元副社長が貞観津波や慶長津波クラスの歴史的な巨大津波を想定して、当初想定された3mの高さからほぼ5倍の14.8mに設定することを主張。会社もその主張を認め、原発の敷地は海抜15mになりました。

 そして、東日本大震災では、どちらの原発にも14~15mの津波が襲ったのです。

 この両社の判断の違いが、今回の明暗を分けました。「原子力ムラ」と言っても、個別具体に分けて見ていかなければいけませんね。

 今後の原発問題を考える際に、ぜひとも一読すべき本だと思います。