(ニーアル・ファーガソン著「劣化国家」、東洋経済新報社、2013年)


 ニール・ファーガソン教授の「劣化国家」を読んで、最近、もやもやと考えていたことが、かなりクリアーになりました。

 ファーガソン教授は、今、西洋(日本を含む先進国)が没落しつつあることに関して、「デレバレッジ(債務の圧縮)」だけで説明はつかないとし、アダム・スミスの「定常状態」を引用して説明しています。

 定常状態の第1の特徴は、「大多数の人がおそろしいほどの低賃金に甘んじていること」です。

 第2の特徴は、「腐敗した独占的なエリートが、法律や行政制度を自分の利益になるよう利用できること」でした。

 アダム・スミスの時代はこれが当時の中国で起きており、今は西洋で起きているというのがファガーソン教授の見立てです。

 その原因は、まず「民主主義の赤字」だと指摘します。

 つまり、「公的債務という仕組みのおかげで、現世代の有権者が、投票権を持たない若者やまだ生まれていない人たちの金を使って生きていける」ため、世代間の「協働事業」が侵害されていると、教授は批判します。「将来の世代に対する裏切り」とまで言っています。

 二番目は金融規制の問題です。規制をいくら強化しても意味はない。むしろ簡素な規制と執行の強化こそが、複雑な金融界の脆弱性を軽減するのだと主張します。複雑な規制は市場経済の仕組みへの深刻な誤解に根ざすものだと批判。

 三番目に、西洋社会、特にアメリカで「広義の法の支配が衰退」していることを指摘。成文法の複雑さや法律費用の増大に加え、法の支配ならぬ「法律家の支配」を鋭く批判します。

 最後に、イギリスやアメリカの市民社会の衰退、つまり慈善団体などの任意団体の衰退をもたらした政府部門の市民社会への侵害を批判します。これを「国家の過剰なうぬぼれによるもの」だと切り捨てます。

 また、将来への技術的な楽観論を戒めています。公的債務問題を最大の課題と認識し、有名なラインハートとケネスの論文を引用し、公的債務負担がGDPの90%を超えると、経済成長率を押し下げるとの研究成果を紹介しています。

 そして、「民間主導の取り組みを増やし、国家への依存を減らすことで、西洋の社会が恩恵を受ける」という結論を導いています。

 「それがいまや保守的な立場と言うなら、それでかまわない。かってこの考えは、真のリベラル主義の真髄と見なされていた。」

 今のアベノミクスは、国家主導の経済政策です。結局、第2の矢も第3の矢も財政のバラマキに過ぎません。

 本当の意味での民間主導の取り組みを進めた、「新しい公共」の理念は間違ってなかったと思います。

 「民間主導の取り組みを増やし、国家への依存を減らすこと」を基本に、新生民主党の新しい政策を作っていきます。