今週は、補正予算の審議が参議院に移りました。おかげで、衆議院予算委員会が開かれず、少しは時間の余裕ができました。

 議員会館で書類整理をしたり、マイナンバー法案の政府提出法案の研究をしている合間に、三戸岡道夫著「二宮金次郎の一生」を読みました。

 たまたま、ゼンショーの小川賢太郎社長との勉強会で、小川さんから、推薦されたものです。

 薪をしょって、読書しながら歩いている二宮金次郎の銅像は、私の小学校にもあった記憶があります。

 改めて、三戸岡道夫さんの著書を読んで、すぐれた経営者であり、革命家でもあった二宮尊徳翁の偉大さに感動しました。

 夜の読書のために、菜種の種を荒れ地に植えて、何十倍もの収穫をし、菜種油を手にした経験から、「積小為大」(ちょっとずつでも続ければいずれ大きな成果が出る。)という考え方を一生貫くことになります。

 最貧困の農民から、身を立て、富農になり、多くの藩の財政再建を成し遂げ、ついには幕府の役人として日光東照宮の再建に尽力することになる。

 その人生は、合理的な戦略思考に基づく、努力の積み重ねでした。

 農業の産出は半分税金がかかる(五公五民)が日雇いや薪、草履の現金収入には税金がかからないという当時の社会システムの中で、自己の能力を税金のかからない分野に傾斜配分する合理性には、脱帽した。

 また、財政再建のために、10年以上の長期計画を立て、過去の平均から目標の収穫高(実力ベース)を割り出し、10年後にはその収穫高を提供するが、その間、現実に収穫されている収穫高(分度)まで、藩政の支出を落とさせる。

 10年間、仮に、分度を超える収穫があっても、藩には返さず、復興資金に充てる。

 そうすると、藩の武士の生活は苦しいままだが、農村では、インフラが整備され、貧農が富農に転換する可能性が高まる。

 実際、最貧農に富農への道を開きながら、武士の生活水準を上げなかったため、武士からの執拗な攻撃を受け、改革がとん挫しかかるのだが、二宮は彼の理想論を曲げようとはしなかった。

 百姓一揆以外に、貧農の生活水準を上げる方法がないと思われていた江戸時代末期、二宮は現実的な革命家として社会の格差是正を実現したのであった。

 また、最貧農を救うに際しても、資金を恵むのではなく、資金や米を貸して、後で必ず回収するという方法論は、戦後の日本のODA(政府開発援助)と同じ理屈に基づいており、自らの経験と判断で合理的な方法を確立したことには尊敬以外に言葉はありません。

 今、日本の最大の問題の一つである「貧困」へのアドレスには、「二宮金次郎の一生」は、私たち政治家に大きなヒントを与えるものと思います。