新書大賞2010、第1位の帯がまぶしい新潮新書「日本辺境論」を読みました。

 これまで、内田樹さんの本を読んだことはなかったのですが、友人に勧められて、初めて手に取りました。

 これがおもしろい!内容は、ともかく読んでみてください。

 ただし、私の勉強不足なのですが、国歌の「君が代」の由来をこの本で知りました。

 皆さん、知ってました?

 君が代の歌詞が「古今和歌集」に収録されていた「賀歌」から採用されたことは、さすがに知っていました。

 で、、曲も日本の古い雅楽の曲だと思い込んでいました。

 ところが、「最初に曲をつけたのは、イギリス公館にいた軍楽隊長のジョン・ウイリアム・フェントンです。それが洋風の音階でなじみが悪かったために、宮内省の雅楽の伶人によって改作され、それをドイツ人フランツ・エッケルトがアレンジした。」(日本辺境論、pp113)のだそうです。

 日本の国歌は外国人の作曲だったんですね。

 しかも、国歌制定は外圧?

 「そもそもフェントンがヨーロッパではどこの国でも国歌というものがあって、儀礼の時には演奏するものである、日本だけないとまずい、とアドヴアイスしたことが国歌制定のきっかけです。」(日本辺境論、pp113)

 私は右翼でも左翼でもありません。イデオロギー的には中道です。ごく普通の市民感覚だと思います。

 国歌を大事にするアメリカに住んでいたこともあって、純粋に、国歌は必要だと考えます。そして、100年以上歌われている「君が代」が国歌でよいではないか、、と思います。

 「君が代」が軍国主義につながるとの批判もありますが、そのような歴史も含めて私たちは背負っていくべきだと考えます。「君が代」を捨てても過去の歴史を捨てることはできません。


 これまでの「国歌論争」をしていた方々は、このような背景をご存じだったのでしょうか?(もちろん、知ってると言われそう、、、w)

 私だけが知らなかったのかも?!w

 無知をさらすのは恥ずかしいことですが、あまりにもびっくりしたので、知的に素直にブログに書かせていただきました。

 生涯、勉強しないと、、、ですね。

             私たちのために。
             私たちの子どもたちのために。  
             私たちの大切な人のために・・・。
             信じられない政治に終止符を打つ。
             そして、信じられる政治を創るために。

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コメント一覧

    • 1. 柔の道ですよ
    • 2010年04月27日 13:39
    • 連合の方々共々に無難な道を歩まれて頂きたいと思います。さっそく私もその本を読みたいと思いますが、民主主義の名に明らかに反する「君が代」なるタイトルは確かに西洋人には理解し難いタイトルですね。ただ「大化改新を何故に行ったのか」を習った人には理解し得る話だと思います。要するに「地球の一体化はで完成すると考えるのかで完成すると考えるのか」引いては「人間の意識が二つに留まると考えるのか、三つ目まであると考えるのか」の違いなのですね。二つ目まで気付いている西洋の近代文明は、特に米国内では①ギリシャ哲学を重んじプラトンのアトランティス大陸滅亡やそれに由来するキリストのローマ滅亡説を警戒してリベラルたろうとする米国民主党、と②国是としての「自由」つまり聖書には新大陸の記述はないとのオプティミ二ズムから「自由の女神の共和概念に総て帰着させようとする」米国共和党、の二手に分かれていて、明治維新とは「天」なる第三意識・真我の発露である筈の本来の天皇制の意義を示す事なく「強引に共和概念の第二意識の発現に留めた形で」西国大名の東進を大義化したものです。ところが元々「南無~東もなく西でもなく南こそ超空間の証である~」と同じ仏教用語なので「西の第二意識だけでは無理がある」為に経済破綻・財政破綻・戦争の危機が克服されない。そういう意味では二十一世紀を迎えた今こそ「次の新世紀のビジョンを模索すべき時である筈」。論理が飛躍して居る、と御叱りを受けそうですが「岸本先生がブログの前回で告知なされていた宇宙に向けた目」との関連で「天」なる理念を再考する必要はある筈、前回と今回の二回は着眼点として極めて良好な問題意識かなと思います。元々は宗教理念なので「理想に留めず」キチンと科学的に立証→技術化し得る水準まで科学を高める事で「平和主義と天皇制の矛盾は克服できる」と私は個人的にそう考えています。

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