日本国内の経済政策を考える時にも、歴史的な視座とグローバルな発想が必要です。

 昨日のブログが言葉足らずだったかもしれませんが、派遣労働の規制緩和に問題があったことは当然の前提です。しかし、歴史的に考えれば、グローバルな競争によって、企業はどのようにしてでも従業員の名目賃金を下げる方向で動いたはずです。

 自由経済のわが国では、そのことを政府が禁止することはできませんし、仮にそのように誘導すれば、企業は工場のみならず、本社も海外に移すだけのことです。
 
 グローバリゼーションとはそのような厳しいものなのですが、2009年はその方向が変化する年であると考えています。

 1995年に、アメリカはそれまでの政策を逆転して、強いドル戦略によって「アメリカ金融帝国」を誕生させました。ドル安で輸出を振興するよりも、ドル高で自国の株や債権を買わせることで経常収支の赤字問題を解決することにしたのです。

 しかし、2008年 サブプライムローンの破綻により、アメリカ金融帝国が崩壊しました。もはや、これまでのような「マネーゲーム」は不可能です。
 
 それでも、95年当時の金融資産64兆ドルがピーク時187兆ドル。サブプライム危機で20兆ドル消えても、まだ167兆ドル残っています。これからはこの増加分100兆ドルが「実物投資」に向かいます。

 その対象はBRICs(人口30億人)と脱石油・石炭エネルギーへの投資です。

 現在先進国(人口10億人)のGDPは40兆ドルで、BRICsは20兆ドル。しかし、今後、仮に先進国が1%、BRICsが7%で成長すれば、20年後には同じ60兆ドルになり、その後は追い越されます。

 「近代」とは、16〜17世紀にかけて、資本と国家の利害が一致した時代です。企業が儲かれば、税金で国家がうるおうからです。そして、18世紀末のフランス革命以降、資本=国家=国民(福祉―大きな政府)の利害が一致しました。

 これから、まさにBRICs諸国は「近代」に向かうのです。

 昨年までのグローバリゼーションはアメリカンスタンダードの押し付けによるマネーゲームを意味しました。これからのグローバリゼーションは、BRICsに対する「実物投資」の時代に入ります。「実物経済」なら、日本にとって、決して不利な戦いではありません。

 振り返れば、近代の前の15〜16世紀には、ロシア、インド、中国、トルコの4大帝国が世界を支配していました。これから、ある意味、その時代が復活すると腹をくくって、特にアジアのインド、中国としたたかに付き合っていくしか私たちの生きる道はないのです。

 グローバリゼーションの光と影の両方に立ち向かいましょう。そのために、セイフティーネットの整備などのサポートをするのが政治の仕事だと考えます。

             私たちのために。
             私たちの子供たちのために。  
             私たちの大切な人のために・・・。
             信じられない政治に終止符を打つ。
             そして、信じられる政治を創るために。