衆議院議員 岸本周平 Shuhei Kisimoto Official Website

2013年08月

「命を守るための防災活動発表会」

(NPO法人「震災から命を守る会」臼井康浩理事長と記念撮影)

 今日は、NPO法人「震災から命を守る会」臼井康浩理事長が主催される「命を守るための防災活動発表会」の開会式に参加。

 NPO法人「震災から命を守る会」は1995年に発生した阪神淡路大震災の被災者あった故岩瀧幸則氏が設立。

 岩瀧氏は3年前に他界されましたが、岩瀧氏の運動に共鳴した臼井さんが2005年に和歌山支部を創られました。

 現在、臼井さんが理事長となって本部も和歌山県に移転しています。

 私は、浪人中の8年前に臼井さんが和歌山支部を創られた頃にお会いしました。

 臼井さんの防災にかける熱い思いに感動して、臼井さん主催のイベントには「追っかけ」としていつも参加させてもらっています。

 「命を守るための防災活動発表会」は去年に引き続き2年目です。今年は8月31日、9月1日の二日間、和歌山市内のビッグ愛で開催。

 臼井さんお一人のパワーで、内閣府、経済産業省などの政府や地方公共団体、各種団体の後援を取り付けておられることもすごいことですが、和歌山市を中心とする県下の企業や商店をたくさん巻き込んで開催されていることに驚かされます。

 人間一人の力って、すごいなあと感動します。

 主なスポンサーはJR西日本あんしん社会財団ですが、和歌山大学生「防災・防犯まちづくり運営委員会」の若者たちが運営をになっています。

 インターネット動画生放送のウオーカーステーションTV(WSTVスマイルスタジオ)も開会式を生中継。

 和歌山の総力が結集された防災イベントになっています。

 明日の9月1日午後5時までビッグ愛にて開催中です。ぜひ、一度お立ち寄りください。

 和歌山の防災パワーを実感できますよ。

 

戸別訪問と街頭演説の日々

(戸別訪問先で見つけたかわいいお花)

 今週は、ひたすら地元和歌山で活動しています。

 毎朝6時から、駅前街頭演説。昼間は、戸別訪問の毎日です。

 去年、一昨年と、夏でも国会が開会されていました。昨年は、社会保障と税の一体改革特別委員会に属していたため、お盆休みもなかったくらいです。

 今年は、参議院選挙後、形式的な臨時国会が1週間あっただけで、久しぶりの夏休みです。

 とは言ううものの、、、私たち政治家には夏休みはありません。

 普段、ご無沙汰している有権者の皆さまに、この時とばかり戸別訪問でごあいさつ。

 浪人時代は、時間がいくらでもありますから、毎日毎日戸別訪問ができました。街頭演説も好きな時に好きなだけやれました。現職になると、国会開会中は金帰月来の日々ですから、そうもいきません。

(JR和歌山駅前での早朝街頭演説。見上げた空は秋空でした。)

 「周平さん、最近、街頭に立ってないねえ。」

 「周平さん、近頃、顔を見せないねえ。」

 と、なんだか怠けているように言われるのは、辛いものです。

 この夏は、小さな路地裏を回りながら、4年間の浪人時代を思い出しています。

 街頭演説も、実は、苦しかった頃の初心を忘れないためにやっている部分もあります。もっとも、スーパーの前や交差点でも、直接話しかけてくださる皆さんの「厳しいお声」を聴けるのが何よりなのですが、、、。

 この夏は、原点に返って、自分の政治活動を見つめ直します。

(戸別訪問中の団地のテラスから見た和歌山城)

富士総合火力演習

(陸上自衛隊音楽隊の演奏)

 この週末は、富士総合火力演習の視察をしてきました。

 国会議員としてではなく、和歌山県防衛協会会員として青年部の皆さんと一緒に行ってきました。一般公募の倍率はたいへんなものだそうです。その意味で、地味ですが防衛協会の活動は評価されているのですね。

 実は、前々から視察をしたかったのですが、日程的に地元活動と重なり、実現できませんでしたが、今年は無理をしてスケジュールを調整しました。

 土曜日には夜間演習を視察。星空の下、うっすらと雲がかかっていましたが、着弾もくっきり見えました。

(照明弾によって攻撃対象を目視できるようにします。)

 驚いたのは、戦車砲などの音の大きさです。音と言うより、むしろ衝撃波がからだを包む感じでした。

 日曜日はあいにくの雨で、F2−戦闘機Fの飛行やパラシュート降下演習などは中止になりました。

 それでも、多くの火力演習を視察し、衝撃波の迫力も前日の数倍以上のものがありました。



 富士総合火力演習は、陸上自衛隊の演習のひとつで、総火演(そうかえん)と略されるます。陸上自衛隊富士学校の生徒に火力戦闘を経験させる目的で1961年から開始されました。5年後の1966年からは国民の自衛隊への理解を深めるための一般公開を行っています。




 戦闘車両や火砲などによる実弾射撃や、航空自衛隊戦闘機による対地爆撃のほか、輸送機からの空挺降下や輸送ヘリコプターからのヘリボーンなどが実演される。今回は雨で中止でしたが、、、、涙。




 射撃は観客席前の演習展示地域から北西方向(富士山方向)に設定された目標地域に向けて行われました。たいへんな迫力でしたね。


 結局、国防の重要性を認識するという目的は達しましたが、正直に言うと、岸本周平は一人の小学生男子に戻っていました。

 私の子どもの頃は、戦車やゼロ戦のプラモデルをつくるのが、小学生男子の本業でした。

 昭和30年代の少年漫画には、ゼロ戦や隼が大活躍の戦争漫画がけっこうありました。

 戦争の善悪というよりも、ゼロ戦の機能美に魅かれたというのが正直なところです。


(雨の中、視察を続ける岸本周平)


 女学生として軍需工場で働き、米軍の戦闘機に機銃掃射された母親の話や、実際に満州やラバウルの戦場で戦った父親の話を聞いて育ちましたから、戦争の怖さ、悲惨さは子ども心にも焼きついています。

 それでも、ゼロ戦の主翼のカーブの美しさとか、戦車のキャピタラの精巧さとか、そのような細部が小学生男子の心をとりこにしたのだろうと思います。

 この二日間、単純にプラモデル大好き小学生に戻りました。そして、同行の仲間たちが同じように小学生男子だったので、一泊二日の愉快な視察旅行になりました。仲間の皆さん、ほんまに有り難うございまいました。

「右傾エンタメ」とは何か

(百田尚樹著「永遠のゼロ」、講談社文庫、2009年7月)



 直木賞作家の石田衣良さんは、「右傾エンタメ」という造語をつくっています。



 石田さんによれば、「君たちは国のために何ができるのか、と主張するエンタメが増えているような気がします」。(朝日新聞2013年6月18日、ニュースQ3より。以下同様。)



 石田さんは、百田尚樹さんの「永遠のゼロ」に対して、「かわいそうというセンチメントだけで読まれているが、同時に加害についても考えないといけないと思う。読者の心のあり方がゆったりと右傾化しているのでは。」と語っています。


 朝日新聞の記事によれば、同様に百田さんの「海賊と呼ばれた男」や有川浩著「空飛ぶ広報室」、福田和代著「碧空のカノン」なども「愛国エンタメ」の系譜として整理されています。

 ここは、判断が難しいところだと思います。

 小説や映画は、その人、その人によって受け取り方が異なって当然です。年齢や、職業、知的な関心の差などから、受け止め方は千差万別なのでしょう。

 私は、「永遠のゼロ」を読んで、ラブストーリーの合間に、いかに日本の官僚機構や軍隊が無能で無責任であったかという歴史を学びました。反戦の書として受け止めました。

 「海賊と呼ばれた男」も、主人公の清廉潔白で情熱的な武士道型の生き方と、ずるがしこい卑怯な官僚や財界人の対比に関心を持ちました。

 もっとも、読了後、「日本にもこんなに立派な経済人がいたんだな。」と胸のすくような感動がありましたが、それは「愛国」ではなく、「人間の生き様」への感動であったと思います。

 12月に封切の映画「永遠のゼロ」を制作したアミューズの大里洋吉さんは、「安易な反戦映画やお涙ちょうだいものはつくらないでもらいたいと監督に指示したが、出来上がりは本物の反戦映画に仕上がった。」と言われています。

 映画を観た人々の反応が楽しみです。私も、次回の劇場映画は「永遠のゼロ」と決めています。どんな風に感じるのか、興味津々ですね。

 この間ブログに書いた、「風立ちぬ」も「少年H」も「反戦エンタメ」だと思います。これは、しかし、私の主観ですから、世間の反応とは違っているのかしらん、、、、、?

映画「風立ちぬ」と堀越二郎

(堀越次郎著「零戦 その誕生と栄光の記録」 、角川文庫、アマゾンHPより転載。)

 このブログを読んでいただくとおわかりのように、私たち政治家には夏休みはありません。

 国会閉会中は、地元での政治活動の日々です。盆踊りに行って、有権者の皆さんに、お叱りを受けるのもれっきとした政治活動です。

 ですから、サラリーマン時代、映画やコンサートが大好きだった私でも、、、、映画はぜいたくなものになってしまいました。

 しかし、映画や音楽は、その時代の国民の関心やムードを反映していますから、感受性をみがくためにも、本来、政治家こそ親しむべきもの、、、、という言い訳で、何とか時間をやりくりして、宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観てきました。

 国際線の飛行機の中での映画鑑賞以外に、映画館に行って映画を観るのは、本当に久しぶりでした。

 大きなスクリーンで観る映画は格別ですね。

 宮崎監督の映画は、ほとんど観ていますが、ファンタジーではなく、昭和の時代をリアルに映し出す描写はさすがです。もちろん、主人公の夢の中で、得意なファンタジーはいっぱい出てきますが、、、。

 反戦映画かどうか、議論はありますが、基本はラブストーリーだと思いました。

 ただし、フイナーレのメッセージは明らかに反戦ですし、宮崎監督自身もそう言っておられます。

 「あの戦争は、いったい何だったのか?」

 美しい飛行機をつくることが目標だった技術者堀越二郎が、戦闘機をつくらざるを得ない中で、技術者としての最善を尽くして迎える敗戦。

 現実の堀越二郎は戦後も生き続け、1970年に「零戦 その誕生と栄光の記録」(光文社)という本を世に問うています。

 その著書の中で、終戦の詔勅を聞いて、『これで私が半生をこめた仕事は終わった。』と思った堀越は、「日本の国はなんと愚かしい歩みをしたことか。愚かしいのは、日本だけではなかったかもしれない。しかし、とくに日本はこれで何百万という尊い人命と、国民の長年にわたる努力と蓄積をむなしくした。一口に言えば、指導層の思慮と責任感の不足にもとづく政治の貧困からであった。いまこそ、『誠心英知の政治家出でよ。』と私は願った。」とつづっています。

 自民党の堀内光雄元代議士は、近著「『靖国』と『千鳥ヶ淵』を考える」(祥伝社新書、2013年8月)で、8月15日の半年前に戦争を終結させていれば、戦争による死者310万人の内100万人の命が救えたことを指摘し、「ほんとうに、なぜはやく戦争を終結させることができなかったのだろうか。戦後の日本国民が、東京裁判とは別に、自らの手で戦争指導者を糾弾してこなかったことが信じられない。」と書いています。

 航空技師の堀越も、「少年H」(妹尾河童著、新潮文庫,、2000年12月)の洋服仕立て職人の父も子も、アメリカと戦争して勝てるわけはないと思っていました。

 それなのに、当時の日本が戦争に突入し、敗戦濃厚にもかかわらず戦争終結が遅れたのか、私たち一人ひとりが冷静に考えてみるべきではないでしょうか。

 「ABCD包囲網でやむを得ず立ち上がらなければならなかったのだ。」というような安易な正当化をせずに、歴史のイフを考えれば、何度も、違う路線は取り得たはずです。

 「零戦 その誕生と栄光の記録」は今、角川文庫で簡単に読めます。今、映画「少年H」も上映されています。

 このブログでも触れた百田尚樹著「永遠のゼロ」も映画化されますが、この小説も戦争指導層の無能と無責任をわかりやすく描いています。

 この夏を、歴史を振り返る、より良い機会にしたいものです。特に私たち政治家は肝に銘じて。
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